主観を疑う勇気~多角的アプローチをめざして
こんにちは,久しぶりの投稿となります。
少し前のことになりますが,とある場所で,研修に参加し,その中でロールプレイがありました。具体的な設定やシチュエーションの説明は省略させていただきますが,その時間のなかで私が感じた「気づき」について少し書きたいと思います。
私たちの仕事は,ご相談者やご依頼者から,お話を伺うことから始まります。
ご相談者から依頼のご趣旨について伺うのは勿論のこと,短い時間の中で,今目の前でお話をしてくださる方に,多角的にアプローチします。
今日,目の前にいる人は,どんな風に話そう,どこから話そう,どう話したらわかってもらえるだろう,直接お会いする今日,この時間までに色々考えてお越しいただいているのです。だからこそ私たちも面談の度に,心新たに,お話を伺う姿勢を整えてます。
だだ,今回の研修でロールプレイを経て心の中にうまれたものは,
果たして私は,客観的に,そして多角的に,其々の立場を理解したうえで,ご相談に向き合えているだろうか,という自分に対する問いでした。
お話を伺う上で,分かりやすいものは「根拠」です。
この根拠が資料から明確であれば,物事の方向性はおのずから決まっていきます。ただし,根拠らしきものはある,または,おおよそのストーリーは間違ってはいない,そのように想定できる,の場合は,第一印象や感覚が結合し,「根拠」らしきものと扱おうと脳内が動くようです。
研修後,外観が「いかにも」な時,どのように「いかにも」と正反対の可能性を自分の中で起こせるか,そして一度沸き起こった疑問や可能性について,解消や確認をしていけるか,私たちの仕事はそれが大事で,それに尽きるのではないかという結論に至りました。
沸き起こった疑問をひとつひとつ確認していく作業は,とても骨の折れることです。ストーリーに載せたほうが遥かに楽ですから。
でも,それをしたら,物事の核心にふれることはなく,果実を得ることはありません。依頼者が本当に望んでいることさえわからくなってしまいます。
そして,そもそも相反するストーリーを想像できるか?
様々な方とお会いし,ご相談いただく専門職として,一番鍛えなければならないところでしょう。
ロールプレイは,一つのことについて,様々な立場の人物を,入れ替わり演じました。
一見悪役も演じてみれば,苦しさも想像できるものです。そして,言動には理由があり(良し悪しは別として)理解ができることも多くあります。
また,一見正しそうで,間違いないとおもえていたものが,単なる主観であったと思い至ることも多かったのは新鮮でした。
大事なことは,全ての情報は無理でも,可能な限りの情報を,同じテーブルの上に並べ,あらゆる角度から見てみる。そのうえで,着地場所を検討するということが必要で,その工程を省いて結論を出すのは危険だということでした。
自分の「経験」という過去のものさしで
目の前の「真実」をゆがめたり「可能性」を捨ててはいけない
当然のことではあるけれど,こういう機会で再認識し,自分を戒める
とても有意義な時間となりました。
社労士・行政書士 かしむら